2018年09月16日

季節の変わりめに

1808_7.jpg

これは以前買っておいた一冊、ナタリア・ギンズブルグの1962年の本。

どのページを繰っても、いつまでも古びない新鮮なことばが綴られた本は大好き。
そしてその時によって自分の感覚を刺激する部分はさまざまです。

「彼はタリアテッレ、抱擁、サクランボ、赤ワインがお好み」 にお腹を空かせたり。
「天職は人間の、唯一で真の救いであり豊かさである」 に頷いたり。

1809_8.jpg

某所にて、どうでもいい話をしながらポワールのデザートを待つひととき。
涼しくなって、身体がひと息ついている感じ。

読書と食欲の、秋のはじまり。

2018年08月13日

イサム・ノグチの仕事場

1808_5.jpg

イサム・ノグチ展を見るために、初台のオペラシティアートギャラリーへ。

これまでにまとまったイサム・ノグチ作品を見たのは1992年の初の回顧展と、数年前の牟礼。
今回は今までと違った作品が気になりました。

北京滞在時代の毛筆ドローイング作品は、線が心地よくてずうっと見ていたい感じ。
筆の運びにスピードが感じられて、「傾く男と少年」なんてまるでコンテンポラリーダンスを見ているよう。

同じく北京時代の石膏彫刻「中国人の少女」にも心惹かれました。
頭が地面と平行な人体彫刻ってあまり見ないです。そこが面白く、モダンに思える作品。

「死すべき運命」も好き。しばらくそばにいました。
避けがたい落下を今この瞬間は持ちこたえているという、緊張感。
そして見る人を緊張させきらない、造形の感じの良さがイサムノグチ的。

写真は撮影可能だった「アーケイック」の一部です。

彼にとって、大理石より硬くて個性的な世界各地の石に挑むことは、地球と交感する行為でもあったそう。
そして活動年表を眺めると、地球が小さく感じられるくらい創作の場が多岐にわたっています。

仕事場は地球。いいな。

2018年08月06日

庭園美術館にて

1808_1.jpg

ずっと気になっていた、「ブラジル先住民の椅子」展を見てきました。

ボディペイントと共通だという幾何学模様の彩色と、本物の素材感が、不思議にアールデコ様式と調和しています。

広大なアマゾン流域にばらばらに存在する、十数の部族の、手作りの椅子だけが集められた空間。
その空間に自分がいる、それだけでも面白い体験です。

1808_3.jpg

猿の後ろ姿。
他にも鳥類、バク、ジャガーなど作り手に身近な動物を象った椅子たちは、思わずニンマリしてしまうチャーミングさ。

展示された椅子はすべて無垢材からの削り出しです。
その素材の質のよいことに途中から気づいてまた楽しくなりました。
高級家具のように組織の密な木肌を オイルで丁寧に艶出ししてある座面は、思わず触れたくなります。

単純に造形として楽しいものばかりですが、見ているうちに背景が気になってきます。 誰がどうやって何のために?
新館で上映されている記録映像は、モノの背景を理解する手がかりになります。

「(初めて椅子が出品された)ビエンナーレで現代美術を見て、自分たちの作ってきたものの意味を見直した」とは作り手の話。
民芸品でなく芸術品だと捉え直し、まずは作者や素材や製作年などの記録を残そうと決意したそう。

うまく表現できませんが、これらの作品の良さの本質が損なわれずに作り続けられるといいなと感じました。

1808_4.jpg

おまけ。
36度超えの真夏日。 美術館向かいの小さなローマにて、大好きなbrioche con gelatoを。

2018年07月08日

上野でタイムトリップ

1807_5.jpg


細かい作業を一時離れて、太古のエネルギーに触れてきました。
ずっと楽しみにしていた、東京国立博物館 『縄文−1万年の美の鼓動』展です。

火焔型土器が、手の届く距離に林立する贅沢。

具象の動植物モチーフを全く含まない土器たちは、何にも属さない顔をしています。
三次元を自由に使い、左右非対称をはらんで、どこも破綻していない造形。
これを作った人と話をしてみたい・・・


土偶は人体がそれぞれユニークにデフォルメされていて面白かったです。
表面の模様が入れ墨なのかどうかが非常に気になるところ。
装身具は遺っていますが、装身行為は? と興味が尽きません。

またとない展示品の充実ぶりに、よく集まったなぁとドキドキしっぱなしの2時間でした。

1807_3.jpg

おまけのこちらはこの日、東洋館で見た団扇。骨の形までデザインされた、19-20世紀の朝鮮半島のものです。
朝鮮の団扇は一昨年、ライデンの博物館でまとまった数を見てファンになりました。(あら洒落みたい)

『縄文』展は、9月2日まで上野の東京国立博物館にて。
日本全国からの出土品に囲まれて、タイムマシンにでも乗った気分になります。

大人にも子供にもお勧めです!

2018年06月29日

梅雨明けの日に

1806_10.jpg

閉館時間間際の庭園。

根津美術館で「はじめての古美術鑑賞 -漆の装飾と技法-」を見てきました。
縄文の漆塗り櫛から明治のもの、地域も一応日本、朝鮮半島と中国、東南アジアを網羅しています。

南宋時代の八角形はいいなあ、カラーグラデの鎗金もいいなあ・・・なんてぶらぶら見ていたら、出会いました!
「百草蒔絵薬箪笥」、飯塚桃葉作で阿波蜂須賀家に伝わった18世紀後半のもの。

これが出てきたら気分が高まって、薬を頂く前に治ってしまいそう。
百の薬草が描かれた蒔絵部分も楽しいですが、彫金の薬入れも見事。 小さなガラス瓶もかわいい。

これひとつでも、見に来た甲斐がありました。
暑さも何も吹き飛ぶ、モノとの出会いがあるととっても得した気分になります。

2018年06月20日

雲の神

180621.jpg

明日は夏至。
一年の折り返し地点にさしかかる季節、このところモクモクと雲を描いています。

先日、汐留ミュージアムで見たジョルジュ・ブラック展。
ブラック最晩年の、ギリシャ神話をモチーフにしたメタモルフォーシスシリーズの展示でした。

ジュエリー、ガラスなど多岐にわたるジャンルの作品を見ながら、気になったのはモチーフの神話のこと。

ギリシャ神話はあらゆる分野のアートのモチーフになっていますが、はて日本の神話は?
そういえば雲の神っているのかしら・・・ と調べてみたら、ちゃんといました。

豊雲野神(とよくもののかみ)、古事記に登場するそう。

初めまして。
あの早速ですが、どの子もチャーミングなジュエリーに仕上がりますように!

2018年06月12日

項羽と劉邦 −覇王別姫

1806_2.jpg

湖北省京劇院の日本公演を見てきました。 京劇は数年前に香港で見た『孫悟空』以来の2回め。

ギラギラした衣裳、シャンシャンジャージャー煩い音楽、妙にクセになります。

所作に形式美があって、抑えた動きのなかに俳優さんの鍛錬を見るのが好きですし、派手な立ち回りに「おぉ〜」とのけぞるのも楽しい。

一幕目の主役、韓信を演じた董宏利さんは、立ち姿からこまかな所作まで洗練されて気持ちよく、目が離せず。
他の演目でも見てみたいと思いました。


そういえば京劇役者の人生を描いた映画『覇王別姫』も良かったなと思い出し、原作の小説を取り寄せ中。

次の旅のあいだにでもゆっくり読もうっと。

2018年05月31日

線の造形、線の空間

1805.jpg

智美術館で、大正時代から現代までの竹工芸を見てきました。

緻密な手仕事によるものも自然な造形を生かしたものも、それぞれに味わいがあり、竹素材ととことん向き合う作り手の集中力を感じます。

一番気に入ったのは、会場外のガラスケースに展示されていた硯箱です。
マットな編みにつやつやの表皮が大胆に絡み、絹の組紐できっちり封をされた姿は塩梅よく、いつまでも眺めていたくなります。 ここから広がる風景がイメージできる感じ。

写真は展示室へ降りる螺旋階段とシンクロするインスターレーション。
半ば組み上げたものが持ち込まれ、さらに2週間かけて現場で組み立てられたそう。
材料は竹だけ、仕組みは撓んだ竹の反発力だけ。

仕組みがシンプルってきれいだな、と思いました。

2018年05月25日

清朝のガラス 展

1805_2.jpg

サントリー美術館の「清朝のガラス」展に出かけました。

展示品の中でいいなと思ったのは、MIHOミュージアムの紀元前のものと、ガレのコレクションだった瑪瑙の鼻煙壺。
古いものは迫力とロマンがありますし、天然素材はなんとも言えない奥ゆきがあります。


メインの清朝ガラスは、同時期の他の工芸品とは全く違う、キッチュな雰囲気。
玉を模したものも多いのですが、例えば同じ時代の玉の彫刻品とも、目指す方向が違っているような。。。

解説では、清朝ではガラスの儚さを生かした造形は歓迎されず、あくまで重厚感が重視されたとのこと。
多くのモノやそれに付随する情報が世界中を行き交う時代に、独特の価値観が存在することは、面白いと思いました。


写真は、清朝ガラスの中で唯一、心惹かれた乳白色とグリーンの二層ガラスによるもの。 フタは軟玉かしら。

鼻煙壺は蒔絵の小箱と同じ理由で好きな、手のひらサイズの工芸品です。
白とグリーンの組み合わせはこの季節、爽やかでいいですね。


夏の白に、グリーンのアイテムを何か取り入れたくなりました。
分量は少なめで・・・サンダルかベルトに、ジュエリーくらいで十分。